清夏月 15日 魔王侵略の情報を伝え対策を立てるために、勇者はクシァートへ旅立ち、お姫様も一度ウィル サルへ帰ることになりました。 「ごめんなさいね、サクラちゃん」 申し訳なさそうにそう言うと、お姫様は、獣化した私の背に優雅に座ります。 『いえいえーお姫様は私が無事にお城までお届けします!』 実際には、吼えているだけで、お姫様には伝わっていないのですが、お姫様は、私の背中を優 しくなでてくれます。 ご主人様は、あれから「調べ者がある」と言って、地下の書庫に篭もってしまい、この場にはい ません。しかし、お姫様は、にっこり笑うと眩しそうに石造りの塔を見上げます。 「魔道師様、エリアはかならずここに戻って参ります」 それは、まるで自分自身に言い聞かせているようでした。 清夏月 16日 塔を飛び立ってから丸一日。ウィルサル城に辿り着いたときは、もうすでに日は高く上っていま す。 突然、異形の獣が城の中庭に降り立ったものですから、城は騒然となり、私達は長い槍を持 ち、銀色の鎧で身を包んだ兵士達に囲まれてしまいます。 『わわわっ!?ど、どうしよう』 私がオロオロしていると、お姫様が、スッと背中からおります。 その姿を見て、兵士たちはどよめきましたが、お姫様は悠然と、しかし気高く告げます。 「エリアが戻りましたと、国王陛下にお伝えください」 あっという間に広間に通されたお姫様を、ウィルサル国王、そして、二人の騎士が出迎えま す。 「ああ、エリア無事で良かった!」 そう言い、今にも泣き出してしまいそうな禿頭のおじさんが、身なり的にどうやら王様のようで す。 「心配したんだよ」 「良く無事だったな」 二人の騎士も満面の笑顔でお姫様を迎え入れます。 「父様……兄様方……」 エリア姫も嬉しそうな顔を浮かべます。さすが、お姫様のご兄弟ということでしょうか。 両騎士とも、美形の種類は違えど、とてもキラキラしていて、見目麗しいです。 騎士達は、喜びもそこそこに、王へと向き直ります。 「父上、エリアが帰ってきて何よりですが、魔王のことでご報告があります」 お姫様と同じ金髪を短く刈り上げているごつい騎士が姿勢を正します。 「ああ、そのことか」 王様は、やれやれとため息をつきました。 「数日前に、城の魔道師も一斉に報告してきおったわ。 なんでも使い魔が感じ取ったとかで。まったく頭の痛いことだ」 さすが、軍事大国ウィルサル。魔王復活の話はすでに耳に入っているようです。 「父上、敵は不適にも世界を征服すると宣言しています。どのようなご対策を?」 見事な長い金髪を持つもう一人の細身の騎士が、王様に尋ねます。 そのとき、ガンガンガンと広間の扉がなったかと思うと、一人の老人が駆け込んできました。 「何事だ、スーア!」 スーアと呼ばれた小太りの老人は、ハァハァと息を吐きながら答えます。 「た、大変です!ハバド、ハバドの町が魔族に襲われました! ハバドからは、救援要請がきております!!いかがなさいますか!?」 「父上!助けに行きましょう!」 「父上!!」 皆に詰め寄られ、困った王様は、なぜかお姫様を見ます。 「う……あ」 「父上!ご決断を!」 王様は、観念したように、目を伏せました。 「もう、これ以上、隠しておけん。魔王なんぞ、わしの手にはおえん」 二人の騎士は怪訝な顔をします。 王様は、玉座から降りると、泣きすがるようにお姫様の手を取ります。 「エリア、ウィルサルを……いや、この世界のすべての人を助けてくれ」 二人の騎士は、時間が止まったようにその光景をただただ見つめていました。 「父様……。兄様方、申し訳ありません」 お姫様は、王様の手をぎゅっと大事そうに握りました。 そして、まっすぐに二人の騎士を見据えます。 「ウィルサル国王陛下は、魔族の呪いにより、病床に伏しました。 兄様方……いえ、サルリア殿下、アーネス殿下は、王命により今より魔族との戦が終わるま で、王位継承権を剥奪。これより、ウィルサルは、現在、第一王位継承権を持つエリアの指揮 下に入ります。逆らうようでしたら、兄様方は戦終了時まで太陽の塔に更迭致します」 ポカンと口を開ける騎士二人に、王様は言います。 「エリアの指示に従うのだ」 我に返った騎士達は、顔を赤くして王様に詰め寄ります。 「なぜです!なぜ、エリアなのです!?」 「父上!いったいどうなされたのです!?ご乱心でもされたか?さぁ、いつものように我らに指 示を与えてください」 王様は、固く目を瞑ります。 「エリアの指示に従うのだ。……いつものように」 その言葉に、騎士達の目は大きく見開かれます。 「まさ……か」 「そのまさかだ。わしは今まで一度たりとも、お前達に指示を与えたことはない。王はわしだ。し かし、実質上は、王妃の生前は王妃が。死後は、エリアがこの国を治めている」 「な!?」 細身の騎士が、傍にいた老人に詰め寄ります。 「本当なのか!?スーア爺も知っていたのか!?」 老人は、あわあわしながら、こくりと頷きます。 『お……おお……お』 今、目の前で繰り広げられている展開が、余りにシリアスすぎて、私は身動きがとれませんでし た。 お姫様が、ウィルサルの支配者? ご主人様は、そのことを知っていたのでしょうか? しかし、二人の騎士が、腰の剣に手をかけた瞬間、私は無意識に騎士達とお姫様の間に割っ て入ります。 「サクラちゃん!?」 『お姫様は私が守る!』 ガウルルルルと獣唸り声を上げると、ごつい騎士が場違いに「かっけー」と呟きました。 『……は?』 見ると、目をキラキラさせながら、お姫様と私を見ています。 一方、細身の騎士は、剣を鞘ごと外すと、手を伸ばしお姫様に差し出しました。 「事態は理解したよ。あーあー今までカッコつけて損したね、兄さん」 カッケーカッケーといい続けていた兄も、朗らかに笑います。 「ああ、可愛い妹の前だからと思い、何十年も頑張ってカッコイイ兄貴を演じてきたのにな」 そして、ぽいっとお姫様に鞘ごと剣を投げます。 「もう、こうなったらぶっちゃけるが、俺らさぁ、上に立つの苦手なんだよなー」 「そうそう、なんというか優柔不断??」 キラキラ美形オーラを振りまきながら、二人は情けない話をします。 「王位継承権、剥奪熱烈大歓迎!俺、王様って柄じゃないんだよなー。魔王が復活して何が一 番怖かったって、親父が戦とかで死んじゃったら、俺が後を継がないといけなくなるってことだ ぜ。あっ、もう王位継承権返さなくていいから」 「エリアは賢いんだねぇ。賢い女性は大好きさ。いいよ、僕達はエリアの指示に従うよ」 この騎士達の豹変ぶりには、さすがのお姫様もポカンと口を開けます。 そんな、お姫様の肩を持ち、二人の騎士は微笑みます。 「今まで一人で大変だったのではないか?」 「これからは、僕達を手ごまに使うといいよ。僕達、使われるのが性に合っているんだ」 「兄様……」 騎士達は、さっと片膝をつくと、お姫様に深く頭を下げます。 「剣の契約に従い、我サルリアは、汝エリアを主に掲げる。いかなるときも、主の命に従い、主 の意に背かんことを剣に誓う」 「我アーガスも以下同文だよ」 パチリとウインクした騎士に、お姫様は僅かに微笑みます。その目には今にも零れ落ちてしま いそうな程の涙が浮かんでいました。 とても感動的な場面だったのですが、王様は深いため息をつきます。 「まったく、嫌になるくらいわしにそっくりだなお前達は。……情けない」 "使われるのが性に合っている王様と王子様方" それは確かにちょっと情けないなと、私も思うのでした。 「ハバドに援軍は送りません」 お姫様は、はっきりと言い切ります。兄騎士が、腕を組みながらお姫様に問います。 「見捨てるのか?」 お姫様は、優雅に頷きます。 「おそらくもう、間に合わないでしょう。敵の攻撃を受けてから右往左往するほど、愚かなことは ありません」 「じゃあ、これからどうするの?」 弟騎士が、女性が羨ましがりそうな美しい髪を指でくるくると巻いて遊んでいます。 ……本当に、自分達では何も考えない人たちです。顔が良いのがせめてもの救いです。 ビシバシッと指示を与えてくれる、きつめの女性と結婚したらうまく行くのだろうなーなどと、思 いながら、私はお姫様の隣で大人しく座っています。 「兄様方は、戦の準備を。私は、各国の王族を集め、同盟を結びます」 「そう簡単に結んでくれるかな?」 「結びます。……ハバドの惨状を目の当たりにした後でしたら」 ヒュウと口笛が鳴ります。見ると、二人の騎士が関心しきった顔をしています。 「なるほど、ハバドは、我らがどれほど危険な状態にあるかを世界に知らしめるためのみせし めか」 「エリアは本当にかしこいねぇ」 兄様方からの純粋な賛辞を受けながら、お姫様は、悲しそうに目を伏せます。 さっそく準備を始めると言って騎士達が出て行っても、お姫様はその場に立ち尽くしていまし た。 『お姫様……』 私がお姫様の身体にスリスリと、頭を擦り付けると、お姫様は、にこっと力なく微笑みます。 「サクラちゃん」 白く細く美しい腕が、私の頭を抱きかかえます。 「サクラちゃん、貴女のご主人様は、私をさらったあの日、本当は父の……国王の王冠を盗み に来ていました」 予想外の言葉に、思考が僅かにとまります。 『……へ?盗み??』 本当に何考えているのでしょうか、あのご主人様は。悪の魔道師どころか、それじゃあ、ただ のこそ泥じゃないですかっっ!? 「広間の明かりが落とされ、魔道師様が玉座に近づいたとき、私は魔道師様にお願いしまし た。どうぞ、私を連れて行ってください、と」 『え?』 お姫様は、冗談を言っているような顔ではありません。 「あの方が、私やウィルサルのおかしな政治のことをどこまで知っているかは知りませんが、そ の時、何も言わず、何も聞かずに攫ってくれました」 そう呟くお姫様の頬は、淡いピンク色に染まっています。 『え……お姫様……もしかして、もしかして、天変地異が起こりそうなほどありえないことです が、もしかして……ご主人様のこと……好き?』 顔面蒼白の私の言葉は、獣が吼えているだけなので伝わらず、お姫様は幸せそうに頬を染め ています。 『う、嘘です……』 「早くあの塔に帰りたいですわね」 にこりと微笑むお姫様は、とても綺麗です。 『嘘です!いやぁああああ!!!嘘だと言ってくださいーーー!!』 受け入れがたい事実に直面した私は、せめてもの抵抗にとブンブンと首を振るのですが、お姫 様は、「あらあら、サクラちゃんどうしたの?」と笑顔で訪ねるのでした。 清夏月 17日 もう、魔王も、世界征服も、ご主人様もどうでもいいです。 私は、お姫様が与えてくれた豪華な部屋の床で、4本の足を投げ出し、ぐったりと寝転んでいま した。 『う、ううう……どうして、お姫様みたいに優しくて綺麗な人が、ご主人様みたいな性格の悪い根 暗のことを……?』 そう考えると、不覚にも涙がこぼれます。 部屋でグスグスと鼻をすすっていると、部屋の外から声がします。 「ここまでで良い。皆、下がっていろ」 凛とした綺麗な声がした後、スッと部屋の扉が開きます。 そこには、金髪青目の物語に登場しそうな王子様いました。王子は、真っ白の布地に、銀色で 細かい刺繍が入った衣装を身にまとっています。その姿は、ぺかーと後光が刺しているかのよ うです。 『うっ眩しい』 そう呟くと、王子は、こちらを見てニカッと笑います。 「おおおおおっ!ガルーーーー!!久しぶりやなぁ!」 すごい勢いで、私に抱きつくと、王子は服が汚れることも気にせず、一緒にゴロリと寝転びま す。 『フェリアちゃん……』 「なんや、辛気臭い顔してんなぁ?どうしたん、どうしたん??」 こちょこちょこちょとわき腹をくすぐられ、余りのくすぐったさに4つ足をバタバタ動かします。 「はははっ!暗い顔してたら、運気逃げるで」 満面の笑みを浮かべる王子を見ていると、まるで元気を分けてもらったような気がします。 『ありがとう、フェリアちゃん』 伝わらないと分かっていても、お礼を言わずにはおれません。 王子はそれに答えるかのようににこっと爽やかに笑います。 「ガル、会えてよかった。ひとつお願いがあるねん」 『何ですか?』 首を捻ると、王子はため息をつきます。 「今、この城にアリアも来とる」 『え?』 確か、フェリアちゃんと、アリアちゃんは、双子の兄妹だと聞いています。 「魔王が現れたことにより、ウィルサルを中心として、各国は同盟を結んだ。アリアは、クシァー トが裏切らないための人質や。各国の王族も、ウィルサルに忠誠を誓って親族を差し出しと る。まったく、怖い女やで」 王子は、やれやれとため息をつきます。そして、急に真剣な表情をすると、両手で私の獣の顔 を挟みこみました。 「ガル、もしもウィルサル城になんかあったときは、ガルが逃げるついででいい、余裕があった らでいい……アリアも、アリアも一緒に連れて行ってくれへんか?」 それは、お願いなどという軽いものではなく、切羽詰った懇願です。 「心配やねん……アリアは、私と違って、何も知らんねん、めっちゃ甘甘な人生を送ってきてん ねん。まぁそうさせたのは、私やけども……」 他人を蹴落とし、時には自分の手を汚すことさえ厭わないシクァートの王子。 でも、それは、王宮という独特の世界で、自身を、そして、妹を守るために必要な行為だったの かもしれません。 『フェリアちゃん……』 下唇をきつく噛んでいる王子の、頬をそっと舐め、コクコクと一生懸命頷きます。すると、王子 は満面の笑みを浮かべます。 「変なこと頼んでごめんな、ガル。なぁ、お前の主は、今、何してんねん?魔族に支配されるくら いやったら、奴に世界征服されたほうがまだましや」 冗談っぽく言うと、王子は最後に「ありがとうな」と呟き、一度も振り返らず部屋から出て行きま す。 『フェリアちゃん!』 なぜか追いかけてはいけないような気がして、私はどうすることもできず、ただただその後ろ姿 を見送ることしかできませんでした。 何かしなければ、どうにかしなければいけないとは思うのですが、いったい何をすればいいの か分かりません。大広間に顔を出すと、そこにはお姫様がいました。 大きく、立派な装飾が施された黄金の玉座に座るお姫様は、とても辛そうです。 「あら、サクラちゃん」 私に気がつくと、お姫様はふわりと笑います。 「私、とうとう女王様になってしまいましたわ」 お姫様は、いつも通りによしよしと頭を撫でなでてくれますが、その表情は悲しげです。 『お姫様……』 私が擦り寄ると、お姫様は、ゆっくりと私に身体を預けます。 「……戦況は良くありませんわ。魔王軍はハバドを拠点として、現在はクシァートを目指して東 へ進軍中です」 『フェリアちゃんのところへ!?』 「我が同盟軍も、クシァートを助けるべく、軍隊を派遣しました。でも、余りに個人の基礎戦力が 違いますわね」 魔族と人、そこにはかけ離れた戦力の違いがあります。人が1だとすれば、高位の魔族はその 1000倍の力を持っているといっても過言ではありません。 「しかし、まだ戦は始まっておりません。負けた訳ではありません。魔族が集団で襲ってこない かぎり、私達にもまだ可能性はあります」 そういうお姫様の目には、諦めの色などまったく見えません。 そう、相手が1000倍強いのなら、1匹を1000人で囲み、たこ殴りにしてしまえばいいのです。 魔族や魔物は、強いがゆえに、人より数が少なく、群れることを嫌います。そして、中には人間 が大好きなものもいます。すべての魔のものが敵になっている訳ではありません。 お姫様は私に身体を預けたまま囁きます。 「サクラちゃん。ここまで送ってくださってありがとうございます。でも、もう少し、私の傍にいてい ただけませんか?私を守っていただけませんか?」 微笑んでいるはずのお姫様。でも、私には、なぜか今にも泣き出してしまいそうに見えます。 「サクラちゃんにこのようなことをお願いしたくはないのですが、残念ながら、敵は外だけではあ りません。兄達二人を差し置いて、最高権力を得た私を、疎ましく思い、国益に関係なく消し去 ろうとする者は多くいます。私は、今、死ぬわけにはいきません。私が始めた戦争です。私は 最後まで見届ける義務があります」 戦争を始めたのは、魔王です。でも、それに敵対し、人を戦地に送っているのはお姫様です。 『お姫様は、どうしてそのような気高くて、立派で美しいのですか?』 輝くばかりの豊な金髪、真っ白な肌に淡いピンクの頬、金色の繊細な刺繍が施されたドレス は、今まで見たことがないくらい豪華で美しく、お姫様を彩ります。 まるで、物語にでてくるような優しく美しいお姫様。でも、目の前のお姫様は、素晴らしい物語以 上に、私の心を揺さぶります。 私は、お姫様にスリスリと顔をこすり付けました。 『お傍にいますお姫様』 お姫様がご主人様のことを好きだということは少し、いえかなり納得できませんが、それでも、 私がお姫様のことを好きなことには変わりはありません。 少し前まで、私は"お姫様"というものに憧れていました。 綺麗で優しく美しいドレスを着ているお姫様が出てくる物語が大好きでした。 でも、今の私は"お姫様"が好きなのではありません。お姫様なら誰でもいいのではありませ ん。 『お守りします。大好きです、エリア姫様』 例え、政治手腕が恐ろしいほど見事でも、軍事戦略に異常なほど精通していても。 そう、私は目の前の"エリア姫"が大好きなのです。 つづく 次へ 「世界征服」TOPへ> |