いつものように、ご主人様の部屋を掃除していたら、
何も書かれていない古い書物を発見しました。

今日からこれに、私こと使い魔が日記をつけたいと思います。




緑新月 1日 朝 良い天気

晴れ渡った空がうらめしい……。
今日も私は無駄に広く、無駄に部屋数が多い塔の中を掃除します。

右手にぞうきん、左手にバケツ。髪と服が汚れないように、三角巾と割烹着を着用。
床を拭くたびに、二つに括った髪はひょこひょこと動きます。

横を見ると、掃除中にもかかわらず椅子に踏ん反り返って本を読むご主人様。
相変わらず、全身黒い服で身を包み、白に近い銀色の髪を軽く一つにまとめています。

邪魔です……とも言えず、おとなしく掃除していると、ばさっと大きな音と共に積み上げていた
本が崩れました。

「なっ!?」

ご主人様は、ちらりとこちらで見ただけで何も言いません。
普段から穏便に仕えていた私ですが、いいかげん我慢の限界です。

「ご主人様! 散らかさないでください」
「散らかしたのではない。崩れたのだ」

その悪びれない言葉で完全に頭にきました。
そもそも、使い魔とは魔道師と契約を交わし、死後その魔道師の魔力を手に入れることと引き
換えに、魔道師に仕える魔物のこと。
決して、掃除をするために存在するのではありません。

「いいかげんにしてください!」

ご主人様のすかした顔にぞうきんを擦りつけてやろうと手を伸ばしましたが、身長差と腕の長さ
もあり、まったく届かず、逆に頭をむんずとわし掴みにされてしまいます。

「うるさいぞ、お子さま」
「お子さまじゃありません! 使い魔です!!」

確かに外見は人間の子どものようですが、これでもれっきとした魔族。
ちゃんと目は黒く、耳はとがっています。

「そのようなことは、あと50年くらい生きてから言うのだな」

ご主人様はじたばたする私を完全に無視して、大きな欠伸をしています。

「ご主人様もまだ若いくせに!」

伸びをして本気で寝ようとするご主人様。
その余裕な態度にさらに腹が立ってきました。

「このへっぽこ魔道師! 
 魔道師を名乗るなら、吟遊詩人の詩に歌われるくらいの伝説をつくってみろーー」

勢い良く扉を閉めると、そのまま自分の部屋に駆け込みます。

「もう……今日は何もしないもん……」

まさか私の発言で、あのようなことになろうとは……。
この時の私は知る由もなかったのです。




緑新月 1日 夜 月がきれい

何もしないと言いつつ、さすがにお腹がすきました。

台所に行くと火をおこし、野菜と鳥肉を炒めた簡単な料理を作ります。
まだ、腹が立ちますが、ついいつものくせでご主人様の分まで作ってしまいました。

「仕方ないです……持っていってあげましょう」

できたての野菜炒めをお皿にのせると、ご主人様の部屋へと運びます。
廊下に出ると、美しい満月が空にありました。基本的に魔族は夜行性です。
私もついうきうきしてしまいます。

「ご主人様、夕食ですよ」

扉をノックしても何の反応もありません。もう一度しても無反応。
私はためらいつつも、扉を開きました。

「あれ……?」

そこにご主人様の姿はありませんでした。
ご主人様は、ときどきふらりと出かけるので別に驚くことはありませんでしたが、無性に腹が立
ちました。

「もう、ご飯なし!!」

二人分の野菜炒めを食べると、食べすぎで少し気分が悪くなりました。




緑新月 2日 朝 ちょっと肌寒い

ガシャンとすごい音で目が覚めました。
音はどうやらご主人様の部屋からです。
どうも嫌な予感がしつつ、ご主人様の部屋へと向かいます。

「う……わぁ……」

そこには、こなごなに砕け散った窓と、何故か満面の笑みのご主人様がいました。
普段、しかめっ面なだけにその笑顔は、不気味を通り越して恐怖を感じます。

「使い魔」
「は、はい!!」

ご主人様は優雅に椅子に座ると、ふんぞり返ります。

「俺は世界を征服する」
「は、はい!! ……はい?」

……?今、なんと……?

よほど私の疑問が顔に出ていたのか、ご主人様はもう一度ゆっくりと言い直しました。

「世界・征服。 昨日のお前の言葉で俺は目が覚めた。
 俺は今日から悪の魔道師として、この世に名を残そうと思う」

そう言ったご主人様は魔王もびびりそうな程、凶悪な笑みを見せました。

「な……」

急に頭が痛くなってきました。このご主人様に仕えておよそ三年。
ここまでぶっ飛んだ方だとは思いませんでした。

「やめてください」

冷静にきっぱり言い切りました。
むしろ、「やめんかい!!」と蹴りを入れたいくらいです。
そんな私に、凶悪な微笑みを見せると、椅子の後ろから誰かが出てきました。
輝くばかりの豊かな金髪を綺麗に結い上げ、赤い薔薇と宝石をあしらった髪飾りはキラキラと
輝いています。
同じく薔薇をあしらった純白のドレスは、今まで見たことがないくらい豪華で美しく、その人物を
彩ります。

「………う……あ……」

その人物に見覚えがあったため、私は言葉を失いました。
真っ白な肌に淡いピンクの頬、一度見たら忘れられない美しさです。
その女性は、戸惑いながら赤い小さな唇を動かしてこう言いました。

「ここはどこでしょう?」

ご主人様は、女性ににっこりと微笑みました。

「ここは魔道師ガラハドが住む、東の森の塔ですよ。お姫様」

私は目の前が白くなり、意識が遠のきました。
しかし、ここで気を失うと一生後悔するかもしれないという思いから、根性で立っています。

「お……姫様?」

もう、喉がカラカラです。私の言葉にご主人様は頷くと、ご丁寧に説明してくれます。

「そうだ。ウィルサル国の王女、エリア姫だ」

ウィサル国というのは、この塔がある森を抜け、西に行った所にある〈軍事〉大国です。
私の脳裏には、全身に鎧を着込んだ騎士団と王宮選りすぐりの魔道師達が、この塔に攻め込
んでくる様子が浮かびました。
大事な姫を攫ったのです。捕まったらそれこそ、どのような目にあわされるのか……。

「この馬鹿野郎―――!」

気がついたらそう叫んでいました。
ご主人様の服の裾を掴み、思いっきりひっぱります。

「なんだ……?」
「いいから! いいから、今すぐこっそり元の場所に返してきてください!
 まだ……まだ間に合います!!」

そう、お姫様をこっそり返せばいいのです。
必至な私とは裏腹にご主人様は、腕を組みます。

「それは無理だな」
「何故です!?」

ご主人様はどのようにお姫様を攫って来たか、楽しそうに教えてくれました。



それは満月の晩のこと。城は王女の誕生日を向かえ浮かれきっていた。
豪華な衣装に身を包んだ、貴族、皇族らは城の大広場に集まり競って姫の美しさを褒め称え
る。しかし、激しく何かが割れる音と共に、城の明かりが消えると、大広場は暗闇と悲鳴に包ま
れた。
灯りがついた時、王の隣りに座っていた姫の姿はなく、変わりに広間の中央に全身黒ずくめの
男が立っていた。その手にはぐったりとした姫が抱えられている。



「もういいです……聞きたくないです……」

耳を押さえながらフルフルする私に、ご主人様をなおも語ります。



姫を抱えた黒い魔道師は……



「いや、それ、ご主人様でしょ?」
「黙って聞け」



姫を抱えた黒い魔道師は不敵言い放った。

「私は魔道師ガラハド。 姫はいただいた」

魔道師の周囲は、白い鎧をまとった大勢の騎士に取り囲まれている。
魔道師が何か呟くと、激しい風が吹き、人々は目を覆う。
そして、再び目を開けたとき、姫を抱えた魔道師は二階のテラスでこう言ったのだ。

「姫を返してほしくば、東の森の塔までくるのだな。はーはっはっはっ」

魔道師は高笑いと共に去っていったのだ。



「名乗るな! そして、ご丁寧に居場所を教えるな―――!!」

高笑いするご主人様に蹴りをかまし、私はうずくまりました。
無理だ……どうしよう……。
遠くで軍隊が進軍する足音が聞こえるような気がしてなりません。
本気で泣けてきた私に、優しい声がかかります。

「大丈夫ですか? お気を確かに」

お姫様が心配そうにこちらを見ています。

こんな意味不明な状態でお姫様自身もつらいはずなのに、私に声をかけてくれるなんて……。
優しいお姫様が不憫でなりません。

「そうだ。しっかりしろ。これからが大変なのだからな」

ご主人様は楽しそうに部屋を出て行きました。
こんな馬鹿なご主人様に攫われたお姫様が、本当に不憫でなりません。
私はこの日、お姫様が辛い目に会わないように尽力を尽くすことを誓ったのでした。




緑新月 2日 昼

私はとりあえず、来客用に綺麗にしてある部屋にお姫様を案内しました。
お姫様が廊下を歩く姿を見て、綺麗なドレスが汚れないか心配で仕方ありません。
もっとしっかり掃除しておけばよかった。産まれて初めてそう思いました。

「こちらです……」

どきどきしながら案内すると、お姫様は優雅に部屋の中に入ります。
汚い部屋に美しいお姫様。
その絵は、はめこみのようで奇妙な空間を作り出しています。

「こんなに狭くて汚い所ですみません」

半泣きで謝ると、お姫様は意外にもこういいました。

「まぁ……これが庶民の暮らしなのですね」

それは、嫌味なものでなく、むしろ感動しているようでした。
その証拠に、両指は組まれ乙女ポーズになっています。
お姫様は、小さな窓を開けたり、椅子を触ったりしています。そして、あるものをさわると……。

「まぁ! 柔らかいテーブル」
「いえ、堅いベットです……それ」

貧相な暮らしに泣けてきます。
むしろ、この塔内は庶民の暮らし以下かもしれません。
私はお姫様に椅子に座ってもらい、豪華な髪飾りを外していきました。
そして、小さな机の引き出しに入れます。

「ご主人様に取られるといけませんから……」

人差し指を立てて「内緒ですよ」というと、背後で殺気がしました。
こわごわ振り返ると、腕を組んだご主人様が扉付近に立っています。

「……ほぉ?」

決してありはしないのですが、その体の周りにどす黒いオーラが漂っているような気がします。

「なーんて、いくらご主人様でもそんな事しないですよ――あはは」

乾いた笑いが悲しく部屋に響きます。
しかし、ご主人様は怒らず、何かを投げつけました。
広げるとそれは女物の服でした。
何故そんなものをご主人様が……まさかご自身で……!?などと恐ろしい想像が浮かびまし
たがもちろん違います。

「姫を攫うついでに、いろいろいただいて来たのだ」

ご主人様は必ず、私の考える最悪のさらに上を行きます。
それ、こそ泥じゃないですか……。
しかし、それでもお姫様の役に立つのであえていいません。
その服はおそらく城に勤める下女のものらしいですが、ないよりましです。

「姫様、本当にすみません。
 その服が汚れるといけないので、これに着替えていただけませんか?」

お姫様は穏やかにこくりと頷きます。
ご主人様をしっしっと部屋の外に追い出すと、お姫様の着替えのお手伝いを始めました。

「???」

いったい何がどうなっているのか。
ドレスを着たことのない私にはまったくもって構造が分かりません。

「これ……どうするのでしょう??」
「さぁ、わたくしも一人で着たことがありませんから」

話を聞けば、立っていると勝手に着せてくれるのだそうです。
長い時間四苦八苦して、ようやくお姫様の着替えが終った頃には、もう日が傾いていました。
お姫様は、下女の服を着てても輝いて見えます。
服は白生地で、中央に上から下まで青く太いラインが入っています。
なんの飾りもないのに、白い肌とほどいた長い金色の髪が華やかさを演出します。

「はぁ……綺麗……」

私がうっとりしていると、扉をノックした後、ご主人様が入って来ました。

「おい、食糧庫に何もないぞ?」
「あ!」

夢のような気分から一気に現実に引き戻されます。
そういえば食糧が底をついたので、今日買出しいこうと思っていたのでした。

「すみません! 今すぐ行ってきます」
「夕食には間に合えよ」

大きな返事をして、部屋を出て行こうとしますが、一つ不安なことがあります。

「ご主人様……」
「なんだ?」

「お姫様に害をなしたら、殺します」

私の真剣な声に、ご主人様は怒りました。

「お前は、誰の、使い魔だ!」

もちろん魔道師カラハド様です。契約上は……ですが。




緑新月 2日 夕方 ちょっとくもり

お姫様が攫われたのです。

町はいったいどのような騒ぎになっているのか、想像しただけで辛くなります。
しかし、町は意外にもいつもとまったく変わらない雰囲気でした。
どうやら、王様はお姫様が攫われたことを公表していないようです。

西の空が夕焼け色に染まり、市場の店は閉店の準備を始めています。
私はいつものように、魔物の証の尖った耳を隠して子どもの姿のまま、体の2倍くらいありそう
な台車を引いて、急いで買い物をします。
すると、通いなれた野菜売りのおじさんが気軽に声をかけてきました。

「おーう、ちびっこ! 久しぶりだな〜。今日も大量の買出しご苦労さん、これもってけ」

おじさんは売れ残りの野菜をくれました。
月に一度、野菜、ジャガイモ、小麦粉、干物、牛乳などを大量に買い込むので市場ではちょっ
とした有名人だったりします。

いつもは朝早く来て、夕方までうろうろしているのですが、今日はそうも行きません。
お姫様のために大急ぎで買い物を済ませます。

大きな重い台車を子どもの姿のまま引くのはあまりに大変なので、町から出て森に入ると、私
は二つにくくっていた髪をほどきました。
そして、小声で「解除」と呟くと、体が熱を発して大きく伸びます。

魔物にもいろいろあり、大きく分けると獣型と人型です。
獣型は頑丈で力の強いものが多く、人型は獣型に比べてひ弱ですが強い魔力持っていること
が多いです。
そして、人型は自分の身を守るために外見を変化させることができます。

体の熱がひくと、手足、胴体は2倍くらいに伸びていました。
人間でいうと詳しくは分かりませんが15〜20歳くらいのはずです。
私は再び台車を引き始めました。

森の半分くらいまで来た所で、何かを引きバランスを崩しました。
すでに日は沈み、辺りは暗くなっていましたが、魔物の私にはあまり関係ありません。
不安というより驚いて、確認するとそれは人でした。

「う……うう……」

よほど引いたダメージが強かったのか、苦しそうにうめいています。

「……大丈夫ですか?」

いや、台車に乗せている荷物の量からして大丈夫ではないと思いつつ聞かずにはおれませ
ん。
しかし、夜の森で寝転んでいるこの人も悪いと思います。

「う……何か……食べ物……」

瀕死の男は苦しそうに訴えます。
ひとまず、ダメージの半分は私のせいなので、牛乳を飲ませてやりました。
ようやく起き上がった男は足を押さえます。

「う……何故か足が痛い……何かに引かれたような……?」
「干し肉とパンもありますよ」

私は笑顔で食べ物を渡しました。
余計なことは思い出させないほうがいいでしょう。

「うう……おいしい……」

おいしそうに食べきった後、男は私に向き直りました。

「ありがとう貴女は天使だ!」

男の純粋な感謝を受けて、さすがに心が痛みます。
でも、ここで時間を潰す訳には行きません。
何故なら、塔には可憐なお姫様が待っているからです。
早く帰って手料理をお作りしてあげたい、そんな気持ちでいっぱいです。

「では、私はこれで」

笑顔をつくると、私は再び台車を引き始めました。
男は、唖然とその姿を見上げていましたが、立ち上がると隣を歩き始めます。
何なのでしょうか、塔までついて来られてはとても困ります。

「何か?」

不信感をあらわにしていたせいか、男が慌てます。

「いえ、助けていただいた恩返しがしたくてですね……あっ!その荷物持ちましょうか!?」

男の誘いを丁寧に断ります。

魔物の私だから引けるものの、普通の人間、まして、さっきまで行き倒れていた男には引ける
重さではありません。
しかし、男は私の手から台車を奪い取ると軽々と引き始めました。

「えっ?」
「うわぁーけっこう重いですね。どこまで運べばいいですか?」

私は初めて、暗闇の中で、その男をまじまじと見ました。
武器は持っておらず、服装も軽く、一見普通の旅人に見えます。
髪は癖があるのか外側に跳ね、間抜けそうな話し方に似合わない、なかなかの好青年です。
少なくともご主人様よりは100倍いい人に見えます。

「貴方はいったい?」
「僕ですか!僕は……」

男は途中ではっとなり、言葉を濁しました。
どうやら、言えない訳がありそうです。
困ったように頬を指でかくと、こちらを見てにっこり笑いました。
変な人……。
塔の近くまで台車を押してもらうと、「家まで送る」という男を徹底的に断りました。
男は少し寂しそうにしていましたが「必ず、またどこかでお会いしましょう」と、何度も振り返りな
がら去って行きました。
本当に変な人です。できればもう二度と会いたくないな、そう思いました。


ささやかながらお姫様の歓迎会の準備が整いました。
夕食もいつもより奮発して、頑張った……つもりです。

「でもでも、こんな貧相なお料理、お姫様のお口に合わないですよね……」

それこそご主人様だったら、もうそこらへんの草でも食べとけって感じですが、お姫様はそうも
行きません。
そんなことを考えていると、扉にご主人様が立っていました。

「うわっ!? 急に現れないでくださいよ、心臓に悪い」

その後には、お姫様が不安そうな顔で付いてきています。

「わーい、お姫様ぁ♪」

私は、お姫様に近づくと、さりげなくどこも怪我などしていないか調べます。

「どうかしましたか?」

不思議そうな顔をするお姫様。

「いえ、何かひどいことをされていないかと心配で……」
「ほう」

私の頭はご主人様にぐぁしっと捕まえられると、ギリギリと締め付けられます。

「うっ誰も、ご主人様に、とは言っていないじゃないですか!?」
「姫の他に、俺とお前しか居ない状況で良くそのような戯言を。主に嘘をつくな」

「あっいたいたいたたたた! す、すみません!
 疑ってました、だってご主人様信用できないんですもん!」

ご主人様は、カッと目を開き、パンッと私の頭を叩いてから、荒々しくテーブルに着きます。

ううっ正直に本当のことを言ったのに怒るなんて、人はなんて心の狭い生き物なのでしょうか。
私がお姫様に椅子を勧めると、お姫様はそっと私の頭に手をかざします。

「大丈夫ですか?」

心配そうに覗き込むのは、優しい眼差し。

「は、はい! 大丈夫です」

前言撤回。人には、良い人も悪い人もいます。
そして、今私はその両極端の人を目の前にしている……そのような気がします。

お姫様は、とても興味深そうに料理を口にします。
ううっこんなに緊張するのはいつぶりでしょうか。もっと真剣に料理の勉強をしておけば良かっ
たと後悔してしまいます。
しかし、お姫様は、にっこり暖かく微笑むと「おいしいですわ」と言ってくれました。

「よ、良かったーーー!」

私もうきうきしながら、料理を口にします。うん、我ながら上出来です。
そんな様子をご主人様は覚めた目で見つめています。

「おいお前、世辞という言葉を知っているか?」
「は? さじ? スプーンでも欲しいのですか?」

ご主人様は、それきり黙りこんでしまいました。
心なしか、哀れな生き物を見る目でこちらを見ているような気がします。

スプーンくらいとってあげるのに……。
まったく、ご主人様は相変わらず心が狭くて性格が悪いです。
むしろ根暗?
そういえば、長い付き合いになりますが、この塔にお客さんが訪ねて来たことがありません。
友達いないのかな……。ちょっと心配になってきました。





つづく




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