荒野の上空に飛び立つと、背中に乗ったご主人様は、南の方角を指差します。
そこには、目視できるギリギリの範囲にお城が見えました。

『あれは……?』

そのお城には見覚えがあります。

『ウィルサル城?』
「ああ、そうだ、攻撃しろ」

ご主人様は、当たり前のように命令します。

『……は?お姫様のお城ですよね?』
「ああ、そうだ。だから攻撃しろと言っている」

いろいろ聞きたいことがありますが、おそらくそれも作戦というやつなのでしょうか。
黙っている私を見て、ご主人様は「嫌なのか?」と聞いてきます。

『嫌といえば、嫌ですが……』
「なら少し遠いがベクアでも攻撃するか?」
『え?い、いえ……』
「ちなみに、ウィルサル城の人間は皆ここにいるから被害は最小限に留められるが、ベクアな
んて攻撃した日には、いったい何百人の人が死んでしまうんだろうな」

目を細めて、ベクアのある方角を見つめるご主人様。

『いやいやいや!?言うとおりにしますよっっ!お姫様もその脚本に賛成のようですし……。
 でも、どれくらいですか?』

一言に攻撃と言っても、ウィルサルをどのようにどれくらい攻撃したらいいのか分かりません。

「そうだな……城半壊くらいでいい。ようは、こちらの力がいかにすごいかを見せ付ければいい
のだ。なんかこう、ぐわっと炎でも出せ」
『ちょっ!?適当なこと言わないでくださいよ』

そう言いながらも、いちおう炎をイメージして出してみようと努力してみます。

『……出ないですよ、だいたいどこから出るんですか、それ』

はぁとため息をつくと、ご主人様は「口だろう、口」と言い切ります。

『ちょっ!?口から火なんて出たら大変じゃないですか!?』
「馬鹿者、龍もドラゴンも鼻や口から出しているだろうが」

3つある頭のうち、龍っぽい頭を見ます。
目を瞑り、腹の奥から熱気がでるイメージを浮かべ、喉の奥で燃え盛る様を思い浮かべます。

『はっ!!』

掛け声と共に、何かを吐き出すような仕草をすると、龍の頭を持つ口が、カッと開かれ、そこか
ら炎の塊が出ました。

「おお!?」
『な、なんか出たぁああああ!!!?』

ご主人様の驚嘆と共に、勢い良く出た炎は、真っ直ぐウィルサルへと飛んでいき、計ったように
お城へと落ちていきます。

「おー!」

見事着弾した炎は、轟音と共に火柱をおこし、城を粉砕しました。

『……えっと』

自分で出しておきながら何ですが、余りの威力の巨大さに、開いた口が塞がりません。
ようやく火柱が収まった城の方角を見て、『や、やりすぎですよね?』と訪ねると、「まぁ、こんな
ものだろう」という冷静な返事が返っています。
地面に降りるように指示され、大人しく下りると、そこは阿鼻叫喚です。

「あああああ、ウィルサルが!!?」
「いやぁああああ!!!」

泣く者叫ぶ者、放心する者、反応こそ違えど、そこには恐怖と混乱、そして憎悪が広がってい
ます。

「うむ、上出来だ」

背中の上でご主人様はご満悦です。

『い、いいのでしょうか??』

オロオロしていると、勇者が私達の前に立ちはだかります。

「ウィルサルを焼き払うなんて許せない。この勇者ウルが、命をかけてでもお前を倒す」

いつものにこにこぼけーとした勇者はどこへやら。そこには、理想的な勇者の姿があります。
ご主人様は、背上で立ち上がると、黒いマントをはためかせながら、にやりと笑います。

「面白い。倒せるものなら倒して見ろ」

そう勇者に叫んだ後、「やつら、本気で来るぞ。死にたくなければ本気で戦え」と私の耳元で囁
きます。
言葉の通り、勇者は素早く地面を蹴ると、一瞬視界から消えたかと思うような速さで距離をつ
め殴りかかってきます。

「させるか!」

ご主人様は、右腕を振り、防御壁をはり、ゴォンと地響きのような音がします。そして、その後、
透明な何かにひびが入り、パリンッと割れる音。
防御壁を一撃でやぶった勇者は、もう片方の腕を振り上げ、再びご主人様に殴りかかってきま
す。

『ぎゃあああ!!?』
「面白い!」

悲鳴と感嘆の中、勇者は、ご主人様が生み出した黒炎に包まれます。
しかし、勇者の勢いはとまらず、炎に塗れたまま突進をやめません。

「甘い!」

そう叫んだ勇者。
一瞬、驚いた顔をしたご主人様は、勇者と目があったとたんに、にやっと笑います。

「甘いのはお前だ!!」

勇者の攻撃を避けるために屈んだご主人様の後ろから、巨大な大蛇が飛び出し、勇者の腕に
噛み付きます。

「っっ!!」

蛇の歯は、肉に食い込み、勇者の腕からは赤いものが流れています。蛇はもちろん私の尻尾
です。

『あわわわ、だ、大丈夫ですか!!ゆ、勇者様!?』

慌てて私が自分の背中を見ようとすると、その反動で勇者がくらりと落ちてゆきます。

『やりすぎですよご主人様!?』

首を無理やり捻って背中を見ると、ご主人様の頬からも血が出ています。

「当たってもないのにこの威力。あのクソ勇者が」

不機嫌な顔をしながら、ぐいっと汚れた頬を手で拭います。

『いったい、何を……』

急に始まった戦いについていけません。しかし、ご主人様は、真剣な表情のまま「来るぞ!飛
べ!!」と叫びます。

『なに、がぁあああ!!?』

ご主人様の声と同時に、羽ばたきます。すると、竜巻のような風圧と共に、先ほどいた場所に
槍のようないかつい武器が刺さりました。

「ちぃ外したか」

そこには、左手にもう一本、槍を持った魔王がいました。

『あ、危ないです!何をするのですか、魔王様!?』

私のブーイングに、魔王は片手でこっそりごめんねのポーズをします。
そして、なぜか棒読みで「助太刀にきたぞー」と叫び、倒れていた勇者に駆け寄ります。
苦しそうに呻く勇者を見て、魔王は怒ります。

「なんてこったーひどい怪我だー」

……いや、怪我はそうとうひどいのだと思いますが、魔王の余りの大根役者っぷりに、勇者の
怪我すら嘘のようです。

「……ミスキャストだったか?」

ご主人様も頭を抱えましたが、本人は機嫌よく演技を続けます。

「許さないぞー」

魔王の悲しくなるくらいわざとらしい台詞でようやく分かったことがあります。どうやらこれはす
べて演技のようです。
おそらく世界中の人を騙すための演技。

「お二人ともお下がりください」

その場に、凛とした声が響きます。いつの間にか、周囲をぐるりと軍隊に囲まれ、その中心に
はお姫様がいます。
お姫様は、とても冷静な顔をして、手を振り上げました。

「総員、放て!」

澄み切った号令と共に、ウィルサル軍の兵士達は一斉に弓を引きます。
それはスローモーションのようにゆっくりと見え、言葉の通りの矢の雨が降ってきます。
ご主人様は、直接攻撃の魔法壁をはり叫びます。

「炎でも、なんでもいいから、上空に向かって吐け!すぐに次が来るぞ!!」

魔王は、カッと目を見開くと、口から白い煙を吐き、煙幕を作り出します。
周囲から見えなくなったことをいいことに、魔王は自身も槍をふるい矢を叩き落して、こちらを
助けてくれます。

「容赦ねーな!あの女」

楽しそうな笑い声。
それでも、全てを叩き落とせなかったのか、矢が一本私の頭上に降り注ぎます。

『わ、わぁあ!?』

当たると思って目をとっさに目を瞑りましたが、いつまで立っても痛くはなりません。そっと目を
開けると、矢の変わりにポタポタと生暖かい液体が垂れてきます。

「サクラちゃん、大丈夫?」

にっこり微笑む勇者様。その姿は、血まみれです。

『あ、ありがとうございます、勇者様』
「あー……その姿の君の言葉は理解することができないけど、きっと感謝されているんだと思
っていいよね?」

青白い顔で微笑み勇者は言います。
ご主人様は、眉を潜めると、未だに血が止まらない勇者の方に手をそえ、回復呪文を唱えま
す。しかし、淡い光は霧散し血は止まりません。

「ちっ、面倒な体だな」

その言葉で、魔法の効かない勇者には、回復魔法もきかなかったことを思い出します。

「後退しておけ、後は俺たちがなんとかする」

勇者は、ぼんやりとご主人様を見ます。

「ねぇ、その蛇……毒もってない?」
『ええ!!?そうなのですか!?』
「僕、これくらいじゃなんともないはずなんだけど、なんかフラフラするだよね……ごめん、撤退
するね」

フラフラーと勇者は、煙幕の中に消えてゆきます。

「……やりすぎたな」

ご主人様の言葉には、さすがに反省の念が見えます。

「もうそろそろ、煙幕がはれるぞ!」

魔王は叫びます。

「適当にダメージをおった演技をしておけ。魔王が、お前に止めをさす演技をする。その後は、
ぐわぁああ!!とか叫べ。後は俺が転移魔法で、東の塔にお前を飛ばす」

立て続けに命令されて、『は、はい!』と必死に答えます。

そこから、私は言われた通りに行動することに必死で、気がつけば、いつもの子どもの姿で東
の塔の森の中に座り込んでいました。




緑新月 1日 とてもよい天気

吟遊詩人は歌います。
英雄賛歌の詩を。


それはたった数年前のお話。

長き眠りから目覚めた魔王は、魔族・魔物を引き連れ人間を襲います。
ハバド、クシャートが攻撃されていく中、攻撃の手はとうとうウィルサルへ。

「もうこの世はおしまいだ」人々が全てを諦めたとき、その人は現れました。
凛々しく神々しい青年。その瞳には、力強い意思が宿ります。
手にもつは神々より与えられし、銀色に輝くハルバード。
青年は言いました。

「諦めるのはまだ早い」

青年は、神に祝福されし勇者と、軍神と恐れられた戦女神と共に魔族に立ち向かいます。
その必死の様子に心動かされたのが、人嫌いの東の塔の賢者。
賢者は、その巨大な魔力により、青年たちを助けます。

4人は激闘のすえ、異形の姿の魔王を倒すと、魔族・魔物たちはまるで洗脳が解けたかのよう
に大人しくなります。

「これで世界は平和になった」

青年が微笑むと、3人の仲間は一様に頭を垂れます。そして、異口同音に語ります。

"貴方こそ、この世界の真の王に相応しい"

こうして世界の王となった青年は、聖王と称され、人々に灯りを灯すのです。




目の前で、ポロロロンと弦楽器を弾く男が一人。
男は、私の顔をうかがうと遠慮がちに「どうですかね?」と聞いてきます。

「あー……はい、とても綺麗なお声ですね!」

男は、布を何枚も重ねて巻きつけ、顔もほとんど見えません。しかし、その声からして、まだ若
そうです。

「ありがとうございます。あの、内容はどうでした?」

聞けば、吟遊詩人は歌さえ歌えればいいわけではないそうです。彼らが歌っている詩は、もち
ろん共通の詩もありますが、多くは彼ら自信でそれぞれ作詞作曲をしたものを歌っているそう
です。

「えーと……」

目の前の人は、どうやら駆け出しのようで、誰でもいいから感想を聞きたくて仕方がないという
雰囲気です。私のような子どもに、こんなに丁寧に聞いてくることがなりよりの証拠です。

「……よ、よかったと思います!」

思いっきり嘘をつくと、男はほっとため息をつきます。

「私、聖王誕生譚が一番好きなのです」

せ、聖王?

いろいろ聞きたいことがありますが、聞いてはいけないような気がします。

「ああ、一度でいいから物語の方たちにあってみたいです」

うっとりしながら、そう呟く吟遊詩人に、これだけは聞いておかねければと決心します。

「あの、その聖王を助けた人たちは、どうなったのですか?」

男はふわっと優しく私の頭に手を置きます。

「聖王を助けた3人は、三賢者と称されて、今は聖王に仕えているそうですよ」

不思議な余韻を残して、吟遊詩人は去っていきます。
ウィルサルの町で食料買出しの途中だった私は、先ほど聞いた詩を思い出しながら、いつもの
ように巨大の台車を引き始めました。
勇敢な青年に、伝説の勇者、戦乙女の姫に、人を嫌いきれなかった心優しき賢者。

「…………嘘ばっかりです」

そうこの物語は嘘だらけです。

森の中を抜け、見慣れた塔に辿り着くと、その伝説の勇者様とやらが、爽やかな笑みを浮か
べこちらに手を振ります。

ヒラヒラがついたクリーム色のエプロンを当たり前のように着こなす勇者。なんだかもうエプロ
ン似合うで賞とかそう言うのを受賞してしまえばいいと思います。
勇者は、こちらに駆け寄ると、私から台車を受け取り、代わりに運んでくれます。

「なんだか、初めに会ったときみたいだね」

頬を染める勇者にどのようにツッコめばいいのか分かりません。
台所へ行くと、お姫様は机にお皿を並べていました。

「お帰りなさい、サクラちゃん」

お姫様は、にっこり優雅に美しく微笑みます。

「うわーお姫様、そのようなことはしなくていいのです!私がします!!」
「でも、サクラちゃんは買い物に行ってくれましたでしょう?」
「いいのですいいのです!そんなことは、暇人のご主人様にでもやらせておけばっっ!」

背後にすさまじい殺気を感じ、はっと振り返った頃には、もう全てが遅いです。

「つーかーいーまー」

地獄の底から這い出てくるような声を共に、私の頭をぐりぐりと締め付けられます。

「あだだだだだ!!!?」

心優しい賢者(?)は、私の頭をさんざん締め上げた後、ドカリとテーブルにつきます。

「食事はまだか?」

相変わらず偉そうなご主人様に、勇者は湯気のたったスープを運びます。
いただきますも言わずに食べようとしたご主人様に、お姫様は穏やかに聞きます。

「ガラハド様、今日は彼らは来ないのですか?」

その言葉に、ご主人様は、フッとととても悪そうな笑みを浮かべます。

「そう、毎日毎日、来られてたまるか。今日一日かけて、念入りに転移魔道妨害の魔方陣を張
り巡らせてやったわ」

ご主人様の姿を見ないと思ったら、1日中そんなくだらないことをしていたのですか……。

「さぁ食べるぞ」

ご主人様が、スプーンを口に運ぶ直前。ゴォンという激音と共に、塔が左右に揺れます。

「な、なんですかーー!!?」

揺れが収まると、ザッザッザッと勢いのある足音共にその人は現れます。
底には、上から下まで真っ白、一目で高貴と分かる人が立っています。白い帽子は、銀細工で
縁取られ、長いローブは、ズルズルと余り綺麗でない塔の床をこすります。
少し硬そうな茶色の髪を獅子のように立てたその男が手を振り上げると、様々な装飾品がジャ
ラリと金属音を立てました。

「どーん!突撃、隣の晩ごはーん!!」
「帰れーーーー!!!!!!?」

ご主人様の怒号と共に、テーブルが勢い良くひっくり返され、勇者が悲鳴を上げます。

「ああ!?今日の晩御飯がっっ」

それを聞いた来訪者は、ご主人様がひっくり帰したテーブルをはしっと受け取り、器用に皿を
確保します。多少スープ類がこぼれましたが、どうにか夕食は無事です。

「わぁ、すごいです、魔王様」
「ありがとう魔王!!」
「フフフッこの魔王様にできないことなどないのだーー!!」

魔王とは思えない高潔な姿をした男は、にやりと不適に笑います。

「……魔方陣はどうした?」

極限不機嫌なご主人様に、魔王はケロリと答えます。

「あっ!なんか強力なのがあったから、無理やりぶち破ったぜ!」

グッと親指を立てる魔王。

「くそっ今度はもっと強力なのを張ってやる……」

ぼそりと呟いたご主人様。魔王は、まるでワンピースの裾を持つように、ローブの裾を持ち、よ
いしょっと椅子に座ります。

「いやぁ、まえに大聖堂で、裾踏んでこけちまってよー」

はははっと笑う魔王に、お姫様もクスクス笑います。

「それで、どうですか?」

お姫様の問いに、魔王は頭をかきます。

「うーん、驚くほど順調っつーか。何も問題がねぇことが問題だよな」

魔王は、意味深にご主人様に視線を送ります。

「お前すげーよ。まさか、この魔王様が、たった2年で聖王と呼ばれるようになるとはな」

そう、吟遊詩人が歌っていた、突如現れた青年は、魔王です。勇者はもちろん、勇者ウル。戦
女神などといわれているのは、エリア姫。そして、東の賢者はもちろんご主人様のガラハドで
す。

「お姫様と、勇者様は、まぁいいですよ。でも、なんで魔王様が聖王で、ご主人様が賢者様なん
ですか!?」

どうしても納得できません。お姫様が、よしよしと私の頭を撫でてくれます。

「確かに、魔族の王が正体を隠して人を治めるなんてこと思いつきませんでしたわね」

「そうそう、オレが言うのもなんだが、人はオレを聖王と崇めた讃えているし、魔族連中もオレ
に力で勝てるものはいないし、結局のところ、完全な世界征服に成功しているからなー。死ん
だ親父もこれで満足だろう」

「それに、魔王様が世界の王に立ってくださったので、ウィルサルの兄達はトップに就かなくて
いいと喜んでいますわ。父も肩の荷が下りて老後を楽しんでおられますし、私もここにこうして
のんびりしていられます」

にっこり微笑み、「魔道師様のおかげですわ」とお姫様は言います。

いつもなら、お姫様が幸せならそれでいいです!と思うところですが、今回ばかりはそうも行き
ません。私は思いっきりご主人様を指差します。

「だってご主人様、私と一緒にウィルサルを破壊したじゃないですか!?魔王様や勇者様と戦
ってたじゃないですか!?人の敵ですよ、敵!どうして悪の魔道師じゃないんですか!?」

ダンダンと足踏みをすると、ご主人様がダンとテーブルを叩きます。

「俺だって、なりたくてなっているわけではないわ!何が賢者だ!!」
「いいじゃないですかっ賢者様!皆ご主人様のことを尊敬しているのですよ!?」
「尊敬だと?そのようなものはいらん!俺は悪の魔道師になりたかったのだ!!」

ご主人様はきっとこちらを睨みます。

「ズルイぞ使い魔!主を差し置いて、伝説の魔王になぞなりおって!」
「なー!!?誰もなりたくて魔王になんてなっていませんよ!?つか、私は魔王じゃありません
しっっ!」

言葉の通り、ご主人様の言うとおりにした結果、私は見事伝説の魔王になってしまいました。
ただし、それももちろん嘘、ただの役柄にすぎません。聖王に倒されたという魔王は、もうこの
世のどこにもいません。

「まったく、人の噂などいいかげんなものだ!」
「本当ですよ、物語なんて嘘ばっかりです!!」

鼻息を荒く、食事を始めると、またもや来訪者が着ました。しかし、魔王とは違って、今度は普
通に入口の扉から入ってきます。
そこには、クシャートの王子と、それに付き従うように白の賢者がいました。
王子は、眉を潜めて食事中の私達を見ます。

「なんや?戦闘でもしたんか?塔に穴あいとったで??」

ご主人様が、魔王をにらみつけると、魔王は「ははっ」と笑いながら頭をかきます。
王子は首を捻りながらも当たり前のようにテーブルにつきます。

「どいつもこいつも、金持ちのくせに、夕飯をたかりにきおって……」

怒りで震えるご主人様。その言葉には私も賛成です。

「ええやんええやん、毎日城でええもんくってたら、質素な料理も食べたくなるねんって。
 ここの飯めっちゃうまいし。それにガルにも会えるしなー」

王子は、にこりと微笑みます。それを見た勇者は、ガンッと無言で王子の前にスープさらを置き
ました。

「まったく大人気ない奴やなぁ。私とガルは友達やっていってるのに」

文句を言いながらスープをすすり、「うま」と感想をこぼします。

「なぁなぁ、ガラハド!また、勇者を貸してくれへんか?」

王子は目の前にいる勇者ではなく、ご主人様にお願いします。

「いいだろう」
「僕は嫌だ」

ご主人様と勇者は、同時にまったく正反対のことを言います。ご主人様は、勇者を無視して、
再度「いいだろう」と答えます。

「その代わり、分かっているだろうな」
「分かってるって!報酬は弾む、ちゃんとここの食事代も払うって」

その言葉に納得したご主人様は、「いつもの、やれ」と私に命令してきます。

「…………解除」

私はだいぶ躊躇った後、魔力を開放して、子どもから大人の姿になると、ふてくされていた勇
者の顔が赤く染まります。

「サクラさん」

私は、罪悪感に泣きそうになりながら、両手を胸の前で組みます。

「勇者様、お願いします」
「う……うううっ」

まるで眩しいものを見るかのように、勇者は目を細めます。いつもなら、ここで「はい!」と答え
る勇者も、さすがに学んだのか、今回は、パンッと自分の頬を叩きました。

「もう、騙されない!」

なぜか勇者は涙目です。

「そんなこと言って、本当は、皆で僕のこと利用しているのでしょう!?サクラさんだって、僕の
こと嫌いなんだ!分かっているよ!」

ハラハラと涙をこぼす勇者。
「ちっ気がついたか」とご主人様が呟きます。

「今まで気がつかんかったことの方が奇跡やけどな」

王子もボソボソ呟きます。
私は、泣き出した勇者様に近づきました。
そして、涙でグデグデになっている勇者の顔をのぞきます。

「私、勇者様のこと嫌いじゃないですよ?」
「へ?」
「勇者様が、勇者様として振舞っているときの姿は、物語の勇者様みたいでとてもカッコイイで
す」

本当にそう思います。

「そ、そう?」
「はい」

勇者は、大きく目を見開いた後、思いっきり元気良く立ち上がります。

「王子!行きましょう!!」

スープをすすっていた王子の両脇を抱えると、勇者はそのまま力任せに椅子から引き摺り下ろ
します。

「なっ!?阿呆か、お前は!!今、私は食事中やろうが!?」
「困っている人がいるのでしょう!?早く行きましょう!」
「阿呆ぉおおおお離せぇええええ!!?」

足をじたばたさせながら、スプーンを持ったまま連行されていく王子。その後をあわあわしなが
ら白の賢者様が着いていきます。
その様子を静かに見ていた魔王は、ぽりぽりと頬をかきました。

「お嬢ちゃん、それって、あの勇者と結婚してもいいってこと?」
「は?どうして人と魔物が結婚するのですか?そのようなことはありえません」

きっぱり言い切ると、魔王はぶふっと噴出します。

「じゃあいいさ」
「はぁ?」
「無意識で男を弄ぶなんていい女の条件だぜ」

魔王は、パチンとウインクをします。
盛大にため息をつき、頭を抱えるご主人様。クスクスと楽しそうに微笑むお姫様。

ご主人様がお姫様をさらって来たあの日から、世界は突然変わりました。
騒がしい毎日に、ふと、静かな日々を懐かしく思ってしまう時もあります。
私は、テーブルに着くと、お姫様に訪ねました。

「お姫様、今、楽しいですか?」

その質問に、お姫様は、満面の笑みを浮かべます。

「とても幸せですわ」

私はご主人様にも訪ねます。

「ご主人様、今、楽しいですか?」

ご主人様は頭を抱えたまま、ボゾリと呟きます。

「……悪くはないな」
「じゃあいいですよね!」

例え、悪の魔道師が賢者になってしまっても、お姫様がウィルサル城から家出をしてしまって
も、勇者が自分勝手な理由で人助けをしても、魔王が聖王になってしまっても。





物語が全て嘘であっても。









END





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